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大阪地方裁判所堺支部 昭和58年(ワ)493号 判決 1985年12月16日

原告

久保啓子

右訴訟代理人

岡豪敏

西信子

被告

柴田健

被告

大東京火災海上保険株式会社

右代表者

反町誠一

右両名訴訟代理人

川岸伸隆

主文

一  被告柴田健は原告に対し、金七二五万〇八五五円及びこれに対する昭和五六年一月三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告大東京火災海上保険株式会社は原告に対し、被告柴田健に対する本判決が確定したときは、金七二五万〇八五五円及びこれに対する右確定の日の翌日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。

五  この判決の一項は仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告らは、各自原告に対し、三四二三万七七七三円及びこれに対する昭和五六年一月三日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

原告は、次の交通事故により傷害を被つた。

(一)日 時 昭和五六年一月二日午後一〇時五〇分ころ

(二)場 所 堺市福田四八四番地先交差点

(三)加害車 普通乗用車(泉五六る二四五九号)

運転者 被告柴田

(四)被害車 普通乗用車(泉五七ぬ七〇八六号)

運転者 訴外西村豊

同乗者 原告

(五)態 様 停止中の被害車に左折する加害車が道路センターラインを越えて正面衝突したものである。

2  責任原因

(一) 被告柴田

(1) 運行供用者責任(自賠法三条)

被告柴田は、加害車を保有し、自己のため運行の用に供していた。

(2) 一般不法行為責任(民法七〇九条)

被告柴田は、加害車を運転中、前方不注視の過失により本件事故を発生させた。

(二) 被告会社

被告会社は、加害車の所有者である訴外柴田房治との間で加害車について、被保険者を右訴外人とし、原告の請求額を超える金額を保険金とし、本件事故時を保険期間に含む内容の自家用自動車保険契約を締結した。

そして、右保険契約の約款によると「記名被保険者の同居の親族で被保険自動車を使用又は管理中のもの」、及び「記名被保険者の承諾を得て被保険自動車を使用又は管理中のもの」は被保険者となる旨の定めがあるところ、被告柴田は右訴外人の同居の親族であり、同人の承諾を得て加害車を運転中に本件事故を発生せしめたものであるから、右被告は、右保険契約の被保険者である。

よつて、原告は被告柴田に対し、前記のとおり本件事故による後記の損害賠償請求権を有するところ、同被告は無資力であるから、同被告の被告会社に対する保険金請求権を代位行使する。

3  損 害

(一) 傷害の内容、治療経過等

(1) 傷害の内容

顔面・右膝挫創等

(2) 治療経過

昭和五六年一月三日から同月一二日まで一〇日間南堺病院に入院して治療を受け、その後も後記後遺症の症状固定まで形成治療等のため同病院等に通院した。

(3) 後遺症

顔面に小挫傷創痕が多数(長さ一六・一四・一四・二七・三七・一〇・一一・二五・二一・一六ミリメートルの一〇カ所)散在し、ガラス片が残存する。更に、右膝蓋下部にも挫創痕(紡錘形二・五×一・二センチメートル)醜形を残す。

原告の右の後遺障害は、女子の外貌に著しい醜状を残すもの(後遺障害等級七級一二号)に該当する(症状固定は昭和五七年三月四日)。

(二) 損害額

原告は、本件事故による傷害のため、次の損害を被つた。

(1) 入院雑費 一万円

前記一〇日間の入院に伴う雑費として、一日一〇〇〇円の割合による合計一万円を要した。

(2) 後遺障害による逸失利益 二七六八万七七七三円

原告は、前記後遺障害のため、その労働能力を六〇パーセント喪失するに至つたが、それは、症状固定した昭和五七年三月四日から原告が六七才に達するまでの四七年間継続し、その間右労働能力喪失率に応じた減収を招くものと考えられるところ、原告はその間昭和五七年賃金センサスの高専・短大卒二〇才から二四才の女子労働者の平均賃金である年間一九三万六三〇〇円の収入は挙げ得たものと考えられるから、この逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、別紙計算書(1)記載のとおり二七六八万七七七三円となる。

ところで、原告は、本件事故当時、短大の初等教育科の二年生であり、卒業を控えて保母或いは幼稚園教諭になるつもりで就職先を探していたが、本件事故による傷害のため、就職の機会を失つたものである。

なお、原告の後遺障害は、前記のとおり外貌の醜状痕であるが、一般の女子にとつて外貌の醜状痕の存在は、就職の機会が著しく制限され、仮に就職できたとしても職場における対人関係において大きな支障が生じ、また家庭の主婦となつても家庭内或いは隣人との関係で悪影響を受けることは経験則上明らかである。

従つて、女子の外貌の醜状痕の場合についても労働可能期間を通じて労働能力の喪失及びそれに応じた逸失利益を認めるのが妥当である。

(3) 慰謝料 七六三万円

ア 入通院分 九三万円

イ 後遺障害による分 六七〇万円

原告は、前記の外貌の醜状痕により筆舌に尽くし難い精神的苦痛を被つている。

即ち、原告は、顔面に前記のような醜状痕が残つたため、顔は女の命だから自分の人生はこれで終わつたとすら考えるようになり、すべての点で引込み思案になり、外出したり、人と会つたりすることを避けるようになつた。そのような状態は幾分改善されてきてはいるもののいまだ十分ではない。

また、原告は、本件事故当時、被害車を運転していた訴外西村と結婚をする約束で交際していたが、自己が被つた外貌の醜状に対する持つていき場のない怒りや悲しみや失望感が同人に対する憎しみに転嫁し、事故後は同人と離別するに至つた。原告は、現在では、こんな顔で結婚してくれる人がいるものかという投げやりな気持を払拭できず、結婚は事実上諦めている状態であり、前記醜状痕は原告から結婚の機会をも奪つたことになる。

なお、原告は、短大二年生で卒業を控えて就職先を探していた矢先に本件事故に遭い就職する機会をも失つたものである。

以上の事情によれば、原告の後遺障害による慰謝料額は六七〇万円が相当である。

(4) 弁護士費用 一〇〇万円

(5) 損害の填補 二〇九万円

原告は、本件事故による損害賠償として、自賠責保険から二〇九万円の支払を受けた。

4  よつて、原告は被告らに対し、本件事故による損害賠償として三四二三万七七七三円及びこれに対する事故翌日の昭和五六年一月三日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3(一)の事実中、(1)、(2)は不知、(3)は否認する。

原告の後遺障害の程度は、「女子の外貌に醜状を残すもの」(後遺障害等級一二級一四号)である。

請求原因3(二)の事実中、(5)は認めるが、その余は争う。

原告の後遺障害の内容は、外貌の醜状であるから、それにより労働能力の喪失を来すものではない。

三  抗 弁

原告の自認する損害の填補額のほかに、被告柴田は、原告に対し、本件事故による損害賠償として、二五万円を支払つた。原告は、そのうちの一九万〇九二〇円を本訴請求外の治療費に充当したが、その残額五万九〇八〇円は本訴請求損害の填補に充当されるべきである。

四  抗弁に対する答弁

被告主張の抗弁事実は否認する。

第三  証拠関係<省略>

理由

一事故の発生

請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二責任原因

1  被告柴田

(一)  運行供用者責任

請求原因2(一)(1)の事実は、当事者間に争いがない。

従つて、被告柴田は、加害車の運行供用者として自賠法三条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

(二)  一般不法行為責任

請求原因2(一)(2)の事実は、当事者間に争いがない。

従つて、被告柴田は、不法行為者として民法七〇九条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。

2  被告会社

請求原因2(二)の事実は、当事者間に争いがない。

従つて、被告会社は、被告柴田に対する本判決が確定したときは、原告の本訴保険金請求に応じるべき義務がある(弁論の全趣旨によれば、原告の被告会社に対する本訴請求には、右趣旨の将来の給付の請求も含まれているものと解するのが相当である)。

三損 害

1  傷害の内容、治療経過等

<証拠>によると、原告は、本件事故により、顔面・右膝挫創等の傷害を受け、昭和五六年一月三日から同月一二日まで一〇日間南堺病院に入院し、同月一三日から同年二月一九日までの間に四回同病院に通院して治療を受け、更に、同年四月一四日から昭和五六年三月四日までの間に住友病院で一四回にわたり形成手術等の形成治療を受けたが、顔面及び右膝部に醜状痕が残り、昭和五七年三月四日症状固定したと診断されたことが認められる。

2  後遺障害の内容・程度

次に、原告の後遺障害の内容・程度について検討する。

<証拠>によると、右膝蓋下部に三・五センチメートルと一・二センチメートルの紡錘形の醜状痕があるほか顔面に次のとおりの醜状痕(以下、単位はいずれもセンチメートル)が存在することが認められる。

(1)  前額中央部の頭髪と顔面皮膚との境界部に長さ一、巾〇、一の線状痕が二個平行に走行

(2)  右上眼瞼外側に長さ一、巾〇・一

(3)  右眼窩下部に長さ二・五、巾〇・二、その更に下部に長さ五、巾〇・三(これは形成手術を受けた跡である)

(4)  右頬中央部に長さ一、巾〇・二

(5)  右耳介下部に長さ〇・七、巾〇・五

(6)  右鼻翼に接して縦に長さ二、巾〇・三、創痕部は〇・一陥没している

(7)  右口角部に、右斜め上方に向けて長さ一、巾〇・一と右下方に向けて長さ〇・五、巾〇・一

(8)  右(6)の創痕のため、右鼻唇溝は健全な左側に比較して顔面垂直線に対して鈍角をなして右外下方に走行し、左右鼻唇溝は左右非対称を呈している

(9)  右上口唇から口腔粘膜側に長さ一、巾〇・七の創痕が存在し、右上唇を口腔内側へ牽引し、右口唇は内側に巻き込まれた状態となり左右非対称を呈している

原告の顔面には以上の醜状痕が存在するのであるが、鑑定の結果によると、右(6)、(8)、(9)の各醜状痕は形成手術による改善が可能であること、他の創痕は軟らかく白色を呈しており醜状感を与えることがすくないので、右の各形成手術の後は化粧による工夫によつて日常生活において他人に醜状感を与えない程度にし得るものであること、なお、右各形成手術にはそれぞれ三ないし六カ月の治療期間を要するが、一時期に手術を実施した場合には相互間に不測の影響が作用し合い手術による改善が望めなくなる可能性があるので、他への影響を考慮しながら漸進的に行うのが安全であるため、一年から二年の治療期間を要することが認められる。

以上の事実を総合すると、醜状痕の主たるものが顔面であるため未婚の女性である原告の主観的心情は理解できないではないが、原告の後遺障害の程度は、「著しい醜状」とはいえず、「外貌に醜状を残すもの」として、自賠法施行令二条別表の後遺障害等級表の一二級一四号に該当するものと解するのが相当である。

3  損害額

(一)  入院雑費 一万円

原告の前記認定一〇日間の入院に伴う雑費として一日一〇〇〇円の割合による合計一万円を要したことは、経験則上これを認めることができる。

(二)  後遺障害による逸失利益四六三万〇八五五円

原告の後遺障害の主たるものは顔面の醜状痕であり、それ自体としては身体的機能の障害をもたらすものではないけれども、前記認定の内容の醜状痕の存在は、女子である原告の就職に際してはその選択できる職業がある程度制限され、或いは就職の機会を得ることも困難となる蓋然性が高いと推認されるから、慰謝料額算定に当つての事情として斟酌するのみでは相当でなく、原告は右外貌の醜状によつてその労働能力の一部を喪失したものと解するのが相当であり、将来もそれに応じて減収を招くものと解するのが相当である。

そして、原告の前記後遺障害の内容・程度、年齢、性別、それに原告は卒業を控えた時期に本件事故に遭つたために卒業と同時就職する機会を失うに至つたが、卒業後相当期間の日時を経過した後に就職の機会を得ることは困難であり、仮にその機会があつたとしても、卒業直後の場合と同様以上の労働条件の職業に就くことは事実上困難であることが経験則により認められること、原告は卒業時の就職に際しては、保母か幼稚園教諭になることを希望していたものであり、その希望を捨ててはいないものの、現在は電気器具販売店のアルバイト事務員として稼働し、一カ月五万円程度の収入を得ていること、その他諸般の事情を総合すると、原告は、本件事故による前記後遺障害によつて、症状が固定した昭和五七年三月四日(原告二〇才時)から二五年間にわたり一五パーセント程度の減収を招くものと推認するのが相当である。

なお、原告は、昭和五六年三月に短大卒業予定であつたのであるから、短大卒の同年齢の女子労働者の平均賃金程度の収入を挙げ得たものと推認されるところ、昭和五七年度賃金センサスによると、短大卒女子労働者二〇ないし二四才の平均年収額は、一九三万六三〇〇円であることが認められる。

そこで、原告の右の後遺障害による逸失利益を年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を控除して算定すると、別紙計算書(2)記載のとおり四六三万〇八五五円となる。

(三)  慰謝料 四〇〇万円

本件事故の態様、傷害の部位・程度、治療経過・期間、後遺障害の内容・程度、その将来の見通し、その形成手術はある程度苦痛を伴うものであること、原告の年齢、性別、その他本件に現れる一切の事情を総合すると、原告の慰謝料額は、四〇〇万円と認めるのが相当である。

(四)  損害の填補 二〇九万円

原告が本件事故による損害賠償として自賠責保険から二〇九万円の支払を受けたことは、当事者間に争いがない。

なお、被告ら主張の弁済の抗弁については、これを認めるに足る証拠がない。

(五)  弁護士費用 七〇万円

原告が本訴の提起、追行を弁護士である本件訴訟代理人らに委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、本件事案の内容、審理の経過及び認容額等に照らすと、原告が被告らに対して賠償を求め得る弁護士費用の額は、七〇万円とするのが相当であると認められる。

四結 論

以上により、原告に対し、被告柴田は七二五万〇八五五円及びこれに対する事故翌日の昭和五六年一月三日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を、被告会社は、被告柴田に対する本判決が確定したときは、右同金額及びこれに対する右確定の日の翌日から支払済まで右割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告の本訴請求は右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官新崎長政)

計算書

(1)原告請求の後遺障害による逸失利益

1,936,300円×0.6×23.8322

=27,687,773円

(2)後遺障害による逸失利益の認定額

1,936,300円×0.15×15.944

=4,630,855円

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